目標達成。

できないことが、できるようになる。
それを実感するときはいつでしょうか?
1日、1ヶ月のような単位でしょうか?
それとも、
一瞬の間でしょうか。
字を書くことが難しい子どもがいます。
字を書く取り組みを行っていないわけではありません。
1日1時間、毎日がんばって字を書くことを1年間続けても、
それでも、ひらがなを書くことが難しい子どもがいます。
『がんばれ!』と励まされても、
がんばっていても書けない場合、
自分の有能感が弱まるだけでなく
「自分ががんばっていることを分かってもらえていないんだな・・・」
と思うばかりで、周りの大人や友達との関係までも悪くなったらどうでしょうか?
『どうして できないの!なんで書けないの?』
そう聞かれても、それが自分でわかっていれば困らないですし、
できない上に、できない理由までも分からないといけないのかと思わせて
どんどん自分に自信を失ってしまう子どもにしてしまうとどうでしょうか?
子どもに自信を与えたくないと思っている大人なんていないでしょうし、
自信を捨てたいと初めから思っている子どもなんていないでしょう。
好きな人形に名前があるように、
ママにもママの自分があるわけで、
他の友達に名前があるようように、
自分にも自分の名前があることに気づいていく子どもたち。
自分には自分だけの名前がある、年齢がある、身長がある、性別があることを知りゆく中で、
他の子にも同じようにそれらがあることが分かってくる。
すると周りの子と自分の違いにだんだんと気づいてきますし、
自分にできないことが、できる子を目の前にした時、
自分が自分であることに納得できない気持ちが生まれます。
自分の存在が自分であるということに満足できない気持ちです。
・・・なんでボクは字が書けないこの体を選んだんだ?
・・・どうすれば、この出来ない自分から抜け出せるんだ?
・・・どうすれば、なんでもできるあの子に移り変われるんだ?
・・・お願いだ。そんな目でボクを見ないでほしい。
・・・ボクだって、こんな自分を選んだわけじゃない。
・・・恥ずかしくなってきた。
・・・今の自分が。
・・・疑っているんだ、自分のこと。
子どもが自信を失う時、それはどんな気持ちなのでしょう。
『君がどうしてできないのか、一緒に考えてもいいかな?』
そんな関わりから始まったAくんのsubaco studyでの取り組み。
読みのつまずきから調べたり、
粘土や針金で形を表す活動から始めたり、
体全体で字を書くことに挑んだり、
約半年間のレッスンの結果、
自分の名前をみごとに書けるようになりました。
そして、お母さんへの手紙を書いてプレゼントすることもできました!
おめでとう。
あきらめないで、良かったかい?
喜んで涙するお母さんを見てどう思ったのかな?
照れ臭い気持ちになったかい?
その気持ちだと思うよ。
自信に思う気持ち。
恥ずかしいと思っていいんだ。
できないと恥ずかしいだろ?
でもね、
できて、褒められても、恥ずかしいもんなんだな。
不思議だね。
Happy!