大阪市天王寺区・西区の
児童発達支援・生活介護「スバコ」

Empowerment


 

支援ってなんだろう?

その言葉に馴染んできたのはいつからだろう?

 

当事者さんの外出や作業所、自宅内での生活に

協力者として自分が参加させて頂き始めた頃は

それを支援とは呼んでいなかったような気がします

 

でも、それを一体なんと呼んでいたのか

はっきりと思い出すことができません

 

 

「ボランティア」だったような

「サポート」だったかな

ただ「行きます」「参加します」という言い方だけがあったような

 

 

 

支援費制度が始まって

関わらせてもらっていることが日常生活支援、移動支援という名前で呼ばれるようになり

支援という言葉が一般的になってきたのでしょうか

 

 

 

支援という言葉がぴったりなのか

そうでないのか

 

それがどうというわけではなく

当事者・児と非当事者のボクたちの間にある目的によって

その関わり方にそれぞれの名前があることが

当たり前のようであって

不思議なように思う時があります

 

 

保育ってなんだ?

リハビリってなんだ?

介護ってなんだ?

教育ってなんだ?

 

 

それぞれの資格を持っている人がそれ通りのことを行えば

この子、この人の目的を果たすことができるのだろうか?

 

そうだとしたら、

この子、この人の目的ってなんだろう?

 

自己決定ということが尊く思えるのだけれども

それが現場ではどこか無責任に思えるような気がして

自分ですらできないことを

当事者さんに求めているような思いになる

 

 

 

お手伝いさんと呼ばれても

それでいい

 

呼び捨てにされても

人に関心を抱いて名前を覚えることができたことに

ドキッとする

 

 

これを療育と呼んで頂けるならそう呼んでもらいたい

発達支援と呼んで頂けるなら頭が下がる

生活支援でも

リハビリテーションでも

保育でも

この役割に名前を与えてもらえるだけで

本当に嬉しいことなんだ

 

遊んでいるだけではダメだけれど

真の遊びを追求したい

 

 

Empowerment:エンパワーメント

 

能力開化・権限付与というらしきこの言葉

福祉・医療にも馴染みつつあるこの言葉

 

「私は当事者さんにempowerしています」なんて

言えるような柄ではないけれど

この人・この子らの価値の最大値を更新していけることが

自分たちの価値なんだと信じ

 

世界の中心から「できた!」を

今日もこの子とボクらは叫びたい

 

 

 

Saying

 “We did it! “ 

each new day